音楽ができる幸せ。災害時における音楽の力

非常時に音楽なんて

久しぶりに大きな地震がありました。

揺れの大きかった地域の方々、大丈夫ですか?

幸い、自分の住む埼玉エリアはさほどの揺れではなかったのですが、音楽制作真っ只中、iMacがグラグラ揺れるのを抑えながら、揺れがおさまるのを待っていました。

 

自然災害は予期せぬ時にいきなり起こります。

これはもう、あらがえない。

そして日常生活に支障がでて、当たり前のことがいともアッサリと出来なくなる。

交通機関、電気、被害によってはその他のライフラインも。

「被災」という部類になると、生活そのものが困難になる。

住む場所さえ失うとか、考えただけで恐ろしい。

それでも当事者は、現実を生きていかなければならない。

 

政治力、こういう時くらいはビシッと決めて欲しいところです。

シンプルに今の政治をディスるとすれば、

「カッコよくない」の一言。

もちろん政治家のキャラとか、そんなことをいってるわけじゃありませんよ。

行動や行政、組織としての崇高さ、なんかある意味「心意気」みたいなものとしてのかっこよさが無い。

だから、国民だって、特に若い世代は期待しないどころかバカにしてる。

 

岸田内閣、低い支持率からのスタートという記事を目にしました。

いいじゃないですか。

個人的には、期待されて始まってダダ落ちしてくよりも、堅実に力を発揮してジワジワと支持を積み上げていくスタンスの方が素敵だと思ってます。

首相になるようなお方ですから、無能な人なんていないはずです。

政治という世界自体がカッコよくさえなれば、岸田総理も手腕を振るうことができると思うんですよね。



さて、災害時において音楽はどうか?

「音楽の力」とか、「歌でみんなに元気を!」とか、ミュージシャンは言いがちですが、僕はその辺は冷めています。

震災の時にも感じました。

災害で暮らすことさえ困難になっている状況では、音楽なんて無力だと。

毛布にくるまって、力なく集団生活している中に、元気なミュージシャンがキラキラと、

「希望を持って頑張ろう!」

なんてパフォーマンスして、何になる?

あなた(ミュージシャン)はそりゃ帰る場所も仕事もお金もある。

純粋に励ましたいという思いも、悪いことじゃないでしょう。

 

でもさ、アニメやドラマや映画じゃない。

あかの他人が歌を歌ってるのを聴いてるより、多額の寄付や支援物資をしてもらえた方がどんだけ助かるか。

僕ならそう思う。

芸人の江頭2:50さんが、被災地にトラックで物資を届けたのは有名な話。

本物とは、そういうことだと思う。

笑わせる仕事の人間が、大真面目にその状況で最適な全力を尽くす。

YouTubeでダントツに支持されるのも、本質的な魅力が伝わってるからだと思います。

 

ミュージシャンでそういうことした人いるのかな?

(いるのかもしれませんが、僕は知らない)

「俺たちの仕事は音楽で勇気を与えることだ!」

いや、そうかもしれないんですけど、そういうことじゃないんですよね。

状況によっては。

 

僕は、音楽の力というのが発揮されるのは、「暮らしがあってこそ」だと思うんです。



生活できなきゃ

断食をしたことありますか?

美容関連でも「ファスティング」と呼ばれ、一定期間食べないという健康方法があります。

これは好きで行う断食なんで、勝手にどーぞってなもんですが 笑。

 

ただ、空腹感という意味では、被災時や食べ物に困った時の擬似体験にはなるかもしれません。

僕も健康目的でファスティングをやってみましたが、空腹時に思うのは

「なんか食べたい」。

 

きっと災害時にその場凌ぎの生活を余儀なくされてる方にとっては、

「お腹いっぱい食べたい」

「あったかいお風呂に入りたい」

「ゆっくりと安心して眠りたい」

「家族が元気でいてほしい」

「これから生活していける保証が欲しい」

などなど、実にリアルな願いだと思うんです。

 

音楽が聴きたい。

中にはそういう方もいるかもしれませんが、もしラジオがあったら、復旧情報や物資支援の状況を知らせるニュースの方が気になるのでは。

 

子供にとっては、もしかしたら音楽というのが大きな力になる可能性があるかも。

小さなお子さんは、パパやママに抱えられて歌を歌ってもらったら安心するかもしれない。

ティーンにとっては、憧れのミュージシャンの歌で根拠のない元気が湧いてくるかもしれない。

 

ただ、その年代の子供は守ってもらえてる感覚があるからだと思う。

子供を守っていかなきゃいけない大人は、現実を見なきゃいけないので、シリアスになって当たり前。

 

ひとまずどうにか、暮らしの目処を立てなきゃ。

それがひと段落して、フとくたびれた時が、ようやく音楽の出番なんじゃないかと思うわけです。

その時こそ、「大変だけど頑張らなきゃ!」と感じるような音楽がパワーのある歌じゃないでしょうか。

「がんばれ!希望!ファイト!」そういいながら、なんも響かない歌を自己満足で歌うのは、さむい。。。

 

今の音楽で、そういう局面でパワーのある歌がどれだけあるんでしょうか。

反感を買ってしまうような言い方(何様だよw)をして申し訳ありませんが、人間味を感じない音楽では心には届かないと思うんです。

 

生活が成り立ってこそ、ミュージシャンは音楽を「聴いてもらえてる」。

ミュージシャンにはパワーがあるなんて自惚れちゃあいけない気がするんです。

音楽制作ができること自体が幸せ

音楽を作る人にとっても。

プロ・アマ問わず、音楽制作をしている方はたくさんいます。

Kazumichiワークス Audiostock

 

音楽制作は、ある種の贅沢かもしれません。

究極の遊び、真剣な自由研究。

お仕事で音楽制作をされている方には恐縮ですが💦

音楽を作るという行為の本質にはどこか遊び的な情熱が必要だと思っていますから。

 

文章を書いたり、絵を書いたり、どんな分野も高みを目指せば大変なように、音楽制作だってとても奥が深いんです。

ロックバンドや大御所パンクロッカーが「音楽制作なんて勢いだ」とか、

ボブ・ディランなんか「2週間で出来ないようなアルバムなら作らないよ」というような名言を残してたり。

そういうのを聞くと、人によっては「音楽制作なんて慣れれば誰でもできる」とか思ってるかもしれません。

 

音楽制作家・ミュージシャンをヒイキするわけじゃないですが、音楽制作ってそんな簡単じゃないですよ?

最近はPCやアプリで簡単に音楽制作できるようになってますが。

ただ何となく音を組み合わせるのと、歌を作るのとはまるで違う次元です。

 

名のある方が「チャチャッと作る!」みたいに言ってるのは、それだけの才能に溢れてるんです。

だからこそミュージシャンって価値があるし、憧れるんですから。

「We are the world 」のデモを2時間で仕上げたというマイケル・ジャクソン。

彼と同じ土俵に立つつもりですか?

 

話が逸れました 笑。

そう、音楽制作は贅沢。

僕も毎日音楽制作をしていますが、それ自体が幸せなことなんですよね。

生活が困窮して、アルバイトしなきゃいけなくなったら、今のようには音楽制作に時間を割けないですから。

(なので、どうかKazumichiワークスに音楽制作のビジネスチャンスを!✨)

 

住む場所があって・動ける・食える・寝れる。

それがまず感謝すべき幸せ。

その上で音楽制作ができるなんて、すでにハッピーでしかない。

 

昨日の大きな揺れの間、DAWの画面が表示されたPCを支えながら。

音楽で稼ぎたいとか。

自分の歌が世に広まったらいいなとか。

色々欲望はありますが、今音楽制作を存分にできる状況ではある。

思い切り情熱を注ぐだけです。

この上ない幸せじゃないですか。

そんなことを震度4の数秒間、感じていました。

(みじか!)

 

 

 

 

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