【ロック(6/9)の日の幻覚】ロックが似合わないからコッソリとね

今日は夢の中からお届けいたします。

6月9日。「ロックの日」なんですってさ。

数少ない受注案件をこなして、新たな仕事に応募をして、夜が来て。

僕にとっては、ずっとずっとロックの日みたいなものです。

 

ロック、ロックと盛り上がるカッコ良さとはかけ離れた僕のロック。

とげとげしくてゴツゴツしていて、泥がついて汚れていて。

「ロックな日に俺も歌うゼェ!」というノリにはならず、アイスクリームでも買いに行こうと夜の散歩に出かけました。

静まり返った近所の並木路をのんびり歩き、コンビニのある商店街へとつながる地下道へと階段を降りてゆく。あいかわらずタバコのポイ捨てやら、酎ハイの空き缶やら、ゴミが落ちている地下道。

ふと見ると、あれ?こんなところにもうひとつ階段がある?

こんなところあったっけ?

静かな地下道に漏れ聞こえてくるこの音は何だろう。

どこか聞き覚えのある空気感の音。

古いポスターが貼られているその階段を、興味本位で降りてみたんです。

はじめて降りた地下2階。たくさんの人がいるんですけど、なんだかとっても静かなんですよね。ドリンクを持ったこの人たちはどうやら、お客さんみたいです。

もう少し中に入ると、小さなステージに一人の男性が座っていて、ギターのチューニングをしているようでした。顔はよく見えませんが、どこかで会ったことがあるような…。

 

アコースティックギターを抱えて、マイクの位置を調節して、ふたくち水を飲んで。

スポットライトがステージの男性を照らし、ここからは彼の声とギターの時間のようです。

ハットを被った男は、静かにマイクに向かって話しはじめました。

 

そうか。ロックの日か。

ロックンロールじゃないのか?

彼の歌はロックとは程遠いもんなぁ。

ところで、ロックってなんだ?

僕が「ロックの日」というワードにピンとこないのは、ロックって概念みたいなもので、中学生の夢みたいなもので、今の自分が拳を突き上げて「ロック!」なんていうもんじゃない気がして。

「ロックのいいとこ取り」はもう卒業した気がします。

もっとボロボロで、もう魂しかないような音楽に人生をかけている人間なんてそうそういないと思います。

もし、そういう人をロックと呼ぶならば。

気持ち悪がられ、社会不適合者としてはじかれ、決して現代ではかっこいいわけがない人物像だというのが一般的だと思うんです。

ロックというワードに何を思うのでしょうか?

「ロック日」とは、何を胸に刻む日なんでしょうか?

そして、もう一曲、ステージの男性が歌いはじめました。

 

彼は子供の頃に一生懸命弾いていた歌を、30年以上経った今も歌っていました。

「みんなが思うようなロックじゃないけど、この歌をね、今歌ってるのはね」

「たぶん、僕なりのロックなんだと思うんだよね」

彼が、うつむきながらそう言っていて。

何言ってるんだかちょっとわかりませんでしたが、言わんとしてるニュアンスはわからなくもないかなって思いました。

あの人は、人生につまづいてばかりなんでしょうね。

それでも、何かをずっと追いかけているもんだから、いつもカッコ悪くて、貧乏で、ひとりぼっちで、音楽が救いなのかもしれません。

お金にもならないギターを弾いて、下手くそな歌を歌い続けて、何になるっていうのか。

僕は振り返り、階段を登ってコンビニに向かいました。

いつものプレミアムソフトを買い、同じ道を引き返す。

何も考えず歩いていたが、そういやさっき、俺はどこに行っていたんだっけ?

昨日見た夢を思い出せないような感覚で、アイスが解ける前に帰ろうと家路を急ぎました。

誰かのような姿。

誰かのような歌声。

ロックが似合わない誰かが歌っていた気がしました。

 

 

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